二十一.最後の戦い
二月に入り、あるテレビCMがお茶の間をジャックしていた。
そう、それは“天下一個別”のCMで、人気沸騰中のお笑いタレントを起用し、決して格好いいものではなかったが、内容や頻度としてはかなりインパクトがあり、地域の顧客に対する訴求効果としては十分過ぎるものだった。
「やられた…。」
そのCMを見て、我利勉は思わずそう呟いた。
また、“天下一個別”は顧客満足度アンケートを取り、確実に退塾を減らす戦略も取っていた。
この情報も、既に、我利の耳には入っており、“個勉塾”の社員達に動揺と焦りを与えている一因にもなっていた。
そんな時、営業本部長の下村からある報告が入ったのだった。
「我利先生、今、よろしいですか?」
「うん。どうしたの?」
「ちょっとお耳に入れたいことがありまして、今どちらにおられますか?」
「移動中なんだけど、今から“からくり屋珈琲店”に行くから、下村先生もそこに来れる?」
「はい。分かりました。今から向かいます!」
「じゃあ、あとで!」
■場面は、“からくり屋珈琲店”。
「いらっしゃいませ!あれ?お客さん、今日はいつものおじ様と一緒じゃないんですか?」
この前、私が話をしていた女性店員が声をかけてきた。
「うん、今日は違うんだよ。」
「そうですか…ふふ。では、ご注文をお伺いしますね。」
「ホットコーヒーを二つください。」
「はい、少々お待ちください。」
女性店員が下がった後、下村が私に話しかけてきた。
「我利先生、いつも一緒にいるおじ様って、誰ですか?」
「ああ、ちょっとした知り合い…かな?」
「ふ~ん…我利先生にもお友達的な人がおられたんですね?」
「そりゃあ、私にだって友達や知り合いの一人や二人や、いや四人くらいはいるよ。」
「少なっ!!」
「ん?少ない?」
「まあ、そんなことはどうでもよくてですね、例の教室で問題になっている生徒のことですけど…。」
「うん、うん。」
「どうやら、あの子達、“天下一個別”が送り込んで来たようなんです。」
「えっ?どういうこと?」
「はい、昨年の十二月に、“天下一個別”の営業部隊が、家庭を回って体験案内をしていたのはご存知ですよね?」
「うん。知ってる。」
「そこで、学力が低くて、落ち着きのないヤンチャ系の生徒に対しては、“個勉塾”はそういう子達の面倒見がよくて、何とかしてくれるはずだから、行かれたらどうですか?的なことを言っていたようなんです。」
「えっ?“天下一個別”がうちの塾をススメてたの?」
「はい。」
「ん?!よく分からない…。いったいどういうこと?」
「つまり、うちの塾を崩壊させるために、そういうタイプの生徒には、わざと“個勉塾”をススメていたってことだと思うんです。」
「何だって!!」
「恐らく間違いないと思います。」
「う~ん…あのキツネの仕業か…。こんな汚い手を…。」
「ほんと、教育業界の風上にも置けない奴ですよ。」
「まあでも、教育業界と言えども、学習塾は私企業なんだから、仕方がないか…。向こうは、本気で、勝つか、負けるかの勝負をしているってことなんだろうな…。」
「そうですけど、その戦略にまんまと引っかかって、うちはピンチに陥っています。」
「そうだね。ただ、逆から見れば、それだけあっちも追い込まれてるってことだろうな…。」
「えっ?“天下一個別”も追い込まれていると?」
「そう。こういう手を使いたくて使っているわけじゃないような気がする。後がないと思っているんだろうし、余裕がないんだと思う。」
「なるほど。」
「だから、我々が浮足立ってしまうと、相手の思うつぼ。まあ、ピンチはチャンスって言葉もあるから、ここはどーんと構えてやっていこう。」
「我利先生、どうしたんですか?」
「ん?何が?」
「いつもの我利先生らしくないというか…。」
「じゃあ、いつもの私だったら、どんな感じなの?」
「それは…もっとジタバタしているというか、落ち込んだり、焦ったり、とにかく見苦しい感じで…あっ、すみません!」
「いつも、そんな醜いんだ…。アハハハ。」
「本当にすみません…。」
「まあでも、下村先生、私も心の中は不安で不安でしょうがないんだよ。決して、今の状況を見て、心も穏やかじゃないし、胃もキリキリ痛むし…。」
「はい。」
「でも、ある人から言われたんだよ。」
「ある人ですか?」
「あっ、違う、違う。人じゃなかった。神様だった。」
「か、か、神様?!」
「そう、神様。さっき、あの女性店員が言ってた“おじ様”のことね。下村先生は信じないと思うんだけど、私がピンチに陥った時に、その神様が出てきて、いろいろアドバイスをくれるんだ。」
「そうだったんですか…。で、今回はどんなアドバイスを?」
「まあ、簡単に言うと…、起きてしまったことは仕方がない。済んだことを後悔する暇があるんやったら、目の前の、今できる当たり前のことを一つ一つしっかりやるしかないって。」
「確かにそうですね。神様の仰る通りです。」
「うん。」
「でも、そうやって個別指導塾の運営を知り尽くした我利先生にアドバイスできるなんて、その神様、凄い方なんですね。ちなみに、どんな神様なんですか?」
「見た目はタヌキそっくり!」
「タヌキ?ふふ…。」
「何がおかしいの?」
「だって、“天下一個別”の参謀がキツネで、うちの参謀みたいな方が、タヌキって、それじゃあ、まるで“キツネ”と“タヌキ”の化かし合いみたいじゃないですか!」
「なるほど!下村先生、上手いこと言うね~。アハハハ。」
「へへ…。」
「まあ、お互い、なかなか苦しいけど、頑張ろう。」
「はい!」
「それで、手始めにやることなんだけど…。」
「はい。」
※明日に続く
オーラのないマッチメーカーこと、株式会社WiShipの岡田がお送りしました。